「春日ベースハウスの会」インタビュー

今晩は。今回「米軍ハウス」について記事を書かせていただきますのは、環境設計学科2年の有永です。拙い文章ではございますが、どうか最後まで読んでいただければ幸いです。

では早速本題へ。

先日「ようこそ!米軍ハウスの世界へ」ということで、春日市大野城市などこの大橋キャンパスからほど近いところに今も残されている「米軍ハウス」についての特別講義を受講いたしました。講師を務めてくださったのは、この米軍ハウスの調査・保存活動を行っている春日ベースハウスの会の方々です。講義の内容については他の学生が記事を書いていますので、ぜひそちらも併せて読んでください。

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講義後には、さらに詳しく米軍ハウスについてお聞きするために、講師の方々にインタビューを行いました。私たちの些細な疑問も真剣に受け取って丁寧に答えてくださり、インタビューというよりは、和やかな雰囲気の座談会と言った方が良さそうです。

あまりにも「座談会」が楽しくて、いろいろな話で盛り上がってしまいましたが、一部内容を紹介させていただきます。

まずは、改めて春日市大野城市近辺に残る米軍ハウスの現況について、講義内容の補足をば。

日本の他の地域に現存する米軍ハウスには庭付きのものも見られますが、この地域の米軍ハウスにも庭付きのものは存在するそうです。多くは後になってから整備されたもののようですが、軍人が住んでいた当時のことを考えると、アメリカ人にとってはレジャーの一つとして、木を育てて庭を整えたり壁のペンキを塗ったりといった家の手入れを楽しんでいたことも考えられるとのことです。ソテツがにょきっと歪に育っていたり蔦が蔓延っていたりする一見不自然な庭も、ひょっとすると、住んでいた人が米軍ハウスでの生活を楽しんでいたことの名残なのかもしれません。

また、現在米軍ハウスに住んでいる方々は様々で、中には家族で住む家庭もあるそうです。米軍ハウスは若干小さめ。しかも古い。けれども、だからこそ自分らしい居住空間を創る工夫ができます。住人の方々がそれぞれ住みやすいようにリノベーションをして、今も多様な生活が営まれています。

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そんな米軍ハウスを調査し、保存に向けて活動なさっている春日ベースハウスの会の方々は、どんな思いで活動を行っているのでしょうか。会の方々の言葉の端々に、米軍ハウスが好きで好きで堪らない!という思いが表れていました。

春日ベースハウスの会では、皆さん自ら足を使って米軍ハウスを探します。米軍ハウスに特徴的なのは出窓の形ですから、それを探したり、外壁に跋扈する蔦を剥がしたらなんと”IAB(Itazuke Air Base)”のシリアルナンバーが隠されていた――なんてことを手掛かりにしたりします。

そして、お目当ての米軍ハウスを見つければ、突撃。住人の方にインタビューを依頼します。すると、その家の来歴を知っている方などは快く答えてくださるそうです。

このようにして、まるで宝探しをするかのように米軍ハウスを探し、見つけることの喜び。そして、米軍ハウスをきっかけにして広がる人との繋がりを楽しんで、会の方々は活動を行っているようでした。

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現在、春日ベースハウスの会ではさらに調査を進めています。今月には街歩きのイベントを行い、参加者の方々と一緒に米軍ハウスを巡ります。また、軍人が米軍ハウスに住んでいた1960年代当時の地図と現在の地図を比較するなど、資料からの情報の入手方法も模索していらっしゃるそうです。

今後もぜひ、そのような米軍ハウスの調査・保存活動を続けていただき、広報活動も精力的に行っていただければ、と思います。私たちのような若い世代が米軍ハウスを知る機会をもっと提供していただきたいです。

長くなりましたが、私からの報告は以上です。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

街歩き楽しみだなぁ。